作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

バイロン・ケイティのワーク(『YouTubeで学ぶリアル英会話』から)

     苦しみを解放するセラピストのセッション(バイロン・ケイティ)


1986年以降、世界中で実践されている「ワーク」。今回取り上げるのは、「父親が自分のためにいてくれない」ことに怒りを抱く男性とのセッションで、「ワーク」を通じて男性の心が解きほぐされていくのがわかる。



■自分の心に問いかける「ワーク」とは?

 現在、世界中のビジネスセミナーや学校、刑務所、病院、教会などで、悩みを抱える人々が実践し、大きな成果をあげているセルフヘルプ・メソッドがあります。The Work(ワーク)と呼ばれるその方法は、ストレスや苦しみを生み出すありとあらゆる考えや思い込みなどから自分自身を解放するためのもので、バイロン・ケイティという60代のアメリカ人女性が考え出しました。

 「ワーク」の原点は、1986年までさかのぼります。ケイティは、30代前半から約10年もの間、精神の危機的状況を経験し、1986年のある朝目覚めると突然、自分が誰なのか、何がどうなったのかまったくわからない「空っぽ」の感覚に陥りました。激しい怒りやさまざまな思い込みなどまったくなく、心の底から笑いがこみ上げてきたのです。とにかく、その朝を境に彼女は、「バイロン・ケイティという人間が生まれ変わったかのような感覚」になったと言います。

 ケイティは、「物事は必ず3つの領域――私の領域、あなたの領域、神(=現実)の領域のどこかに属する。苦悩の原因がどの領域にあるかを見極めて、ありのままの自分や現実を受け入れたときに、心は平和になる」と説きます。そして、それを実践できるのが「ワーク」なのです。

 方法はいたってシンプルで、「4つの質問」の問いかけと、文の「置き換え」を行うだけで、悩める人の苦しみが解放さて、人生も変わるのです。ただし、そうなるかは、それに対して自分自身が100パーセント受け入れる勇気があるかどうかによります。


■すべてを変える「4つの質問」

 4つの質問とは次のようなものです。


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 1.Is it true?(それは本当ですか?)

 2.Can you absolutely know that it's true?

  (あなたはそれが本当だと100パーセント確信していますか?)

 3.How do you react, what happens, when you believe that thought?

  (そう考えるとき、あなたはどう反応しますか?)

 4.Who would you be without the thought?

  (その考えがなければ、あなたはどんな人になりますか?)

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 「ワーク」では、ストレスや苦しみの元となっている考えを無理に変えようとする必要はなく、ワークシートに事前に書き出した悩みに、この「4つの質問」を順に投げかけたあと、「置き換え」の作業へと進みます。参加者は、ケイティとの一対一の対話の中で、客観的に物事を捉えることができるようなり、次第に心の真実が表面化していきます。答えが自分自身の中にあると気づいたとき、参加者の心は安らぎ、表情も明るくなります。中には、自分のあまりの変わりように大声で笑い出す人すらいるのです。


 YouTubeには、ケイティの「ワーク」の実際の映像が数多く掲載されています。まずは、《Byron Katie》というキーワードを入れて検索してみてください。タイトルから興味のある内容や、英語の聞きやすいものを探してみるのもいいでしょう。ケイティの英語はゆっくりはっきりとしていて聞きやすいうえ、必ず「4つの質問」が軸になっているので、話の流れはとてもフォローしやすいはずです。

 では、実際のセッションを追いながら、使える表現を見ていくことにしましょう。


■「父親が自分のためにいてくれない」

 "My Father isn't Here for Me"というタイトルのセッションです。これまで本書で取り上げてきたスピーチと大きく異なるのは、一対一の対話だということです。すでに参加者も聴衆も「ワーク」のプロセスを把握しているので、イントロらしいイントロはありません。ケイティはまず、参加者が何を悩んでいるのかを聞き、参加者は悩みを語り始めます。

 男性がかかえているのは、こういう悩みでした。


「私は、父のジェームス・アーノルド・ドイルに怒っています。父は、私が生後14か月のときに他界しました。私のためにここにいてくれない父に怒りを覚えます」

I'm angry at James Arnold Doyle, who's my father ― he passed when I was 14 months old. I'm angry at him for not being there for me.


 I'm angry at... は「...に腹を立てている」という意味です。be[get] angry with... と、withを使う言い方が一般的だと思うかもしれませんね。両方とも「怒っている」という意味には変わりありませんが、一般的にwithのあとには〈人〉が来ることのほうが多いです。また、〈人・物事・状態〉など、いろいろな種類の事柄に、ピンポイントの鋭い怒りを感じている場合には、atを用いることが多いようです。例を見てみましょう。


I'm angry at...-----------------------------------------------------------

She's angry at her boyfriend because he showed up late.

(彼女は彼氏が遅れてきたので腹を立てている)

I'm angry at the new consumption tax.

(新しい消費税に怒っている)

I'm angry at her dishonesty.

(私は彼女の不誠実さに怒っている)

He's angry at being ignored.

(彼は無視されてムッとしている)

We are angry at the decision the Government made.

(政府の決定に怒りを覚えている)

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 さて、ケイティは男性の悩みに対して、「第1の質問」を投げかけます。


OK, so "He's not here for you." Is that true?

(わかりました。「彼はあなたのためにここにいてくれない」それは本当ですか?)


■ダムが決壊するように

 ケイティは、「4つの質問」の1つ目を参加者に問いかけました。参加者の男性がすぐさまYesと言うと、今度は「第2の質問」を投げかけます。


"He's not here for you,"can you absolutely know that that's true, that he's not here for you?

(「彼はあたなのためにここにいてくれない」あなたはそれが、つまり彼があなたのためにここにいてくれないということが、本当だと確信していますか?)


 absolutelyという言葉に反応した男性は、改めて考えます。何事も「絶対にそうだ」と断言するのは難しいものです。絶対でないとすれば、わずかなりとも「思い込み」が混入していることを男性は悟ります。そして、ときどき父親の存在を感じることがあるので、「100パーセント自分のためにここにいれくれていない」ということはないと明言します。この瞬間は、ダムの一部が決壊したようなものです。


 さらに、ケイティの「第3の問い」が追い討ちをかけます。


So, how do you react when you think that thought, "He's not here for me?"

(では、「お父さんが自分のためにここにいてくれない」と考えるとき、あなたはどう反応しますか?)


 男性は、「愛する人々に怒りを向ける」と答えます。すると、ケイティは男性に、目を閉じて、「お父さんが自分のためにここにいてくれない」という考えをなくしたと仮定して、幼少期からこれまでのお母さんと過ごした日々を振り返るよう伝えます。次にお見せするのは、「第4の質問」とそれへの応答です。ここは言葉が長くなるので、日本語からお読みください。


「その考えがなければ、あなたはどんな人になりますか? 同じ人生で。その考えをなくして人生を送っている自分です。どんな人になるでしょうか?」

Who would you be living your life without that thought? The same life. Watch you living your life without that thought. Who would you be without that thought?


 ここでケイティは without that thought というフレーズを3回繰り返しています。これが、ケイティの魔術のキーワードと言えるでしょう。悩みに沈潜している人は、「その悩みのない人生、悩みから開放された人生」をイメージすることすらできなくなっています。想像力が枯渇して、狭いオリの中で堂々巡りを繰り返しているようなものです。したがって、Who would you be(あなたはどんな人になっているでしょう?)という仮定法の質問が、「これまでとまったく違う人生」を歩みだす引き金になるのです。

 男性はこう答えます。すでにダムは完全に決壊し、積年のわだかまりが一気に解き放たれます。


「違う人間です。幸せで人生を謳歌している。もっと心が広い人間です」

A different person. Happy, excited about living life. I'd be more open.


■「置き換え」作業で細部の修復

 ここまでの4つの質疑応答は、その後に続くturnaround(置き換え)のいわばウォーミングアップと言えます。ケイティはこの質問を通して、男性に「悩みが実は自分の思い込みかもしれない」ということを間接的に伝え、置き換え作業へと導いているわけです。

 置き換え作業では、My father isn't here for me.という文章に対して、主語や述語や目的語などをいろいろと入れ替えていきます。


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My father isn't here for me.(私の父は私のためにここにいてくれない)

      ↓

My father is here for me.(私の父は私のためにここにいてくれる)

      ↓

I'm not here for my son.(私は息子のためにここにいない)

      ↓

I'm not there for my mother.(私は母のためにそこにいない)

      ↓

I'm not here for myself.(私は自分のためにここにいない)

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 ケイティは男性に置き換え作業をさせたあとに必ず、なぜそう言えるのか、例を挙げるよう促します。男性は、父の魂を感じたり、父のDNAを半分受け継いでいるからこそ、父が自分のためにここにいてくれると言います。また、自分の息子のためにここにいない理由として、息子の宿題を十分手伝ってあげることができなかったり、息子の気持ちを押し殺してしまったり、すぐに怒ってしまうから、と語ります。

 この一連のやり取りの中で、男性の心は徐々に解きほぐされていき、今まで見落としていた真実が次第に明らかになっていきます。

 男性は、自分のためにここにいない例として、「かつて自分自身から逃げるためにドラッグをやっていた」と告白します。さらに、「責任を取らずに、すべてを他人のせいにしていた」と述べたとき、悩みの裏にある真実が見えたかのように、彼の表情は穏やかになっていきます。

 ケイティのどのセッションを聞いても、話の筋は変わらず、いつも「4つの質問」のあとに「置き換え」が続きます。ゆったりとイスに座り、笑顔でうなずきながら、穏やかに参加者の話を聞くケイティ。ソフトな口調で質問されると、どんな人でも心を開かずにはいられなくなるような、そんな不思議な魅力が、彼女の声のトーンや顔の表情にあります。すべてが穏やかに進められていくわけではなく、時に、大きな声で感嘆の言葉を発したり、身振り手振りを交えて語ることもあります。


■苦悩を断ち切るためにヒントを伝える

 セッションの途中でケイティは、参加者の苦悩を断ち切るためのいくつかのヒントを出します。この中には、参加者でなくとも、はたと気づかされるような言葉もあります。たとえば......


「すべて写真の中のイメージ。私たちの誰もが人のことをイメージでしか見ていないのです。イメージが先行して、実際の人物を見ていないのです」

All in pictures, well that's the only way any of us see anyone. We see them in pictures, you know, the way we believe them to be, not how they really are.


 ここで取り上げた発言から会話に活かせる表現を挙げるとすれば、That's the (only) way... です。言ったことや事実を肯定するときに使ったりします。例を見てみましょう。


That's the (only) way...-----------------------------------------

That's the way it is.

(それが現実なのです)

That's the way I met him.

(そういう経緯で私は彼と出会ったんです)

That's the way we do it in Japan.

(日本ではそうするんです)

That's the only way I can do.

(それは私ができる唯一のやり方です)

That's the only way to succeed.

(それが成功する唯一の手段です)

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 ケイティは、さらに言葉を続けます。


「でも自分の考えに問いかけて置き換えるまで、まったく気づきを得られないこともあるんです。見えるけれども気がつかないといったような。だからこのような置き換えが明らかにしてくれます」


「この「ワーク」――4つの質問と置き換えは、100パーセント責任を取ることにあります」

This work, these four questions and turnaround ― this work is about 100% responsibility.


■イメージにとらわれず、真実を見よう

 「ワーク」によると、ストレスや悩みはそれ自体が問題なのではなく、その思い込みが苦しみを招いているのだと言います。思い込みの裏に隠された真実を理解したとき、何が問題だったかということも、おのずとわかってくるのです。

 この男性の場合、生後14か月のときに自分の父親が亡くなっているので、父親の顔はまったく覚えていません。写真でしかイメージすることができないのです。そこでケイティがこういうのです。先ほどの文をもぅ一度お見せします。


All in pictures, well that's the only way any of us see anyone. We see them in pictures, you know, the way we believe them to be, not how they really are.

(すべて写真の中のイメージ。私たちの誰もが人のことをイメージでしか見ていないのです。イメージが先行して、実際の人物を見ていないのです)


 この、All in picturesというたった3語が、われわれの生き方の根本的な問題を鋭くえぐり出しています。たしかに人は他人のことを判断するのに、外見や、他人から聞いたその人の噂などに左右されがちです。そうすることで、人のイメージを勝手に作ってしまい、その人の真の姿を見ることができなくなってしまいます。ケイティの言葉は、いたってシンプルですが、多くの人の人生を根底から変えてしまうとてつもないエネルギーを秘めているのです。


                 ――『YouTubeで学ぶリアル英会話』(青春出版社刊)より抜粋――