作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

英語はコントラストを好む!

■対比のことわざ
 英語は鮮やかなコントラストを好む言語である。私がこの「コントラストを好む」という英語の特徴に気づいたのは、大量の名句やことわざに目を通して、膨大な例文ファイルを作成した時のことである。
 10年ほど前、私は英語のことわざに関する本の執筆準備のため、1万個の英語のことわざに集中的に目を通した。その結果、英語のことわざには、物事を対比的に捉えるものが非常に多いことに気づいたのだ。
 たとえば、「賢者」と「愚者」を対比させたことわざは、こんな調子だ。

 The fool wanders, the wise man travels.
 (愚者はさまよい、賢者は旅をする)
 愚者はあてもなくさまようのに対し、賢者は目的地を定めて旅をする、というのだ。

 A wise man changes his mind, a fool never.
 (賢者は考えを変えるが、愚者は決して変えない)
 賢者は常に探求心を持ち、新しい知識や考え方に柔軟に対応するが、愚者は自分の考えから一歩も出ない、というのである。

 このように、英語のことわざは、「AはBだが、CはD」という形式のものが非常に多い。それに比べて、日本のことわざは、もちろん物事を対比的に捉えることわざもないではないが、大半は「AはB」とか「AにB」という"短期決戦型"である。例をあげると、「良薬は口に苦し」(「AはB」型)、「泣きっ面に蜂」(「AにB」型)といった具合だ。たまに「AはBだが、CはD」に近いものを見つけても、「旅は道連れ世は情け」のように、対比ではなく並列に近い。
 「AはBだが、CはD」という英語流の対比の論理は、日本語で読むと、口調も悪く、歯切れもよくない。少なくとも、「江戸いろはがるた」にも「上方いろはがるた」にも「AはBだが、CはD」という形式のことわざはひとつもない。

■日本のことわざは"短期決戦型"
 この理由は単純である。英語の文は「S+V」が基本装備だ。文には必ず主語(S)と動詞(V)が必要である。しかし、日本語は「主語なし」の常習犯であり、端的に物事の本質を表そうとすることわざでは、ますますその傾向が助長される。いくつかのパターンを示してみよう。

(1)「○○より○○」型
   「論より証拠」「花より団子」「氏より育ち」
(2)「○○の○○」型
   「年寄りの冷や水」「安物買いの銭失い」
(3)「○○に○○」型
   「鬼に金棒」「立て板に水」「馬の耳に念仏」

 驚いたことに、これらの典型的なことわざには、主語もなければ動詞もない。英文法的に言えば、これらは句(フレーズ)であって文(センテンス)ではない。「花より団子がどうなんだ?」「猫に小判が何なんだ?」と突っ込まれてしまうのである。
 ためしに「花より団子」にいちばん意味の近い英語のことわざを示すと......

 Bread is better than the songs of birds.
 (パンは小鳥のさえずりよりもよい)

 ずいぶん雰囲気は違うが、よく考えると意味的にはこれがいちばん「花より団子」に近い英語のことわざである。行儀よく「S+V」の形になっている。ただし、われわれ日本人には「花より団子」のほうが口調がよく、はるかに迫力がある。もうひとつ例を出そう。「安物買いの銭失い」に該当する英語のことわざは......

 Cheap bargains are dear.
 (安物は高くつく)

 これだと短くて「安物買いの銭失い」に近いが、やはり「S+V」の最低条件は満たしている。この「S+V」という定型から逸脱できないのが英語の宿命である。
 そこで、ことわざの世界ではこの制約を逆手にとって、「AはBだが、CはD」(形式的には、「S+V,S+V」)という対比の格言が非常に多い、というわけなのだ。主語や動詞すらネグろうとする日本のことわざとは雲泥の差があると言ってよいだろう。これは、どちらが優れているという優劣の問題ではない。英語には英語のクセがあるというだけである。


■コントラストの名句
 次に、名句の世界でもいかにコントラストが好まれるか、という実例をお見せしたい。これらをご覧になれば、いかに英語がコントラストを好む言語か、そして、コントラストを演出するのに向いた言語か、ご納得いただけると思う。
 私が発掘した「コントラストの名句ベスト5」ということで、5例をご紹介する。

1. The purpose of life is a life of purpose. (Robert Byrne)
 (人生の目的は、目的のある人生を送ることである)

2. We do not stop playing because we are old. We grow old because we stop playing. (Helen Hayes)
 (年を取ったから遊ばなくなるのではありません。遊ばなくなるから年を取るのです)

3. Each of us has the choice――we must make money work for us, or we must work for money. (Conrad Leslie)
 (道はふたつだ――金のために働くか、金に働かせるかだ)

4. An original writer is not who imitates nobody, but one whom nobody can imitate. (F. R. Chateaubriand)
 (独創的な作家とは誰の模倣もしない作家ではなく、誰も模倣できない作家である)

5. A comedian is not a man who says funny things. A comedian is one who says things funny. (Ed Wynn)
 (コメディアンは滑稽なことを言う人ではない。物事が滑稽だと言う人である)

 最後の名句をよく見ていただきたい。前半の〈says funny things〉と後半の〈says things funny〉は、funnyとthingsを入れ替えただけ。この、言葉の順番をちょっと変えただけで劇的な効果を上げているのは、他の句も同様だ。たとえば、1番の名句も、〈the purpose of life〉と〈a life of purpose〉の対比によって成り立っている。
 英語は語順によって意味を表す言語なので、このように、ちょっと言葉の位置を入れ替えただけで、劇的な効果を上げることができるのだ。


 この稿では、英語はコントラストを好む言語であるということと、英語の文は「S+V」の呪縛から逃れることができないのだ、という話をした。
 それに比べると、日本語は「動詞なし」の文をいくらでも許容する。
 「彼は傲慢だ」「彼女は薄情だ」「この車は外車だ」
 「彼が憎い」「彼女が怖い」「この車は燃費が悪い」
 これらの文が「動詞なし」であることを、われわれは意識すらしていないのである。
 「今日の彼、最高!」とか、「あいつ、今日も遅刻か?」なども動詞抜きの文である。われわれは英語国民に比べると、はるかに動詞に頼らずに生活している、と言って間違いないだろう。逆に言うと、英語国民はさながら動詞の奴隷である!

(『英語にもっと強くなる本』 第1章より)