作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

日本語は落ちていき、英語は流れていく

■日本語は落ちていき、英語は流れていく
 日本語は本来「縦書き」の世界だ。つまり重力に従って、下に向かって落ちていく世界である。これに対し、英語は「横書き」の世界で、これは重力に逆らって、横方向に流れていく世界だ。従って、日本語を英訳するのは、タテのものをヨコにする行為であり、「落ちていく」を「流れていく」に変える行為である。すると、言葉の使い方がどれほどの影響を受けるのか。こんな話を、典型的な例をあげつつ、これからしていきたいと思う。
 次にお見せするのは、菅原真理子さんの「限られた時間」というエッセイを、バイリンガルのジョン山中氏(かつてのジャパンタイムズ編集局長)が英訳したものの一部である。順序として、日本語からお読みいただきたい。

 キョロキョロとあれもこれもと欲ばらないで自分で優先順位をつけて生きていく。断念すべきものに時間やエネルギーをさかない。それが限りある人生を有意義におくる一番賢い方法ではないか、と思うのである。
 I think that perhaps the cleverest way to spend one's limited span of life in a meaningful manner is to fix an order of priority without greedily trying to do this, that and the other thing, and to refrain from devoting one's time and energy to things which one should forego.
                                              (『英語文章作法3』ジャパンタイムズ編)

 この英訳を、日本語に訳し返すと、言葉の並べ方の順番が"見事に"逆転していることに驚くのは、私だけだろうか。ためしに、訳し返してお目にかけよう。

 「私は思うのだが、限りない人生を最も賢明に生きる方法は、優先順位を設けて、キョロキョロとあれもこれもと欲張らず、断念すべきものに時間やエネルギーをさかないようにすることではないだろうか」

■「S+V」という《バネ仕掛け》
 先ほどの菅原さんの原文と見比べてほしい。重力に従って下に落ちていく日本語と、横に流れていく英語では、言葉の並べ方が全く変わってしまっていることがおわかりいただけただろうか。しかも、日本語の句点を2つも無視して、第3文の末尾の「思う」を、I think...と文頭に持ってくるという離れ業すら行なっている。これが、「日本語で考える」を「英語で考える」に転換する現場でなされていることなのだ。
 日本語は落ちていき、英語は流れていく。英語が横に流れるためには、重力ではなく初期動力(イニシャル・インパルス)が必要となる。それこそ「S+V」というすべての英文が装備している《バネ仕掛け》の正体だったのである。日本語で最後尾にあった「私は思う」が英語ではI think...と文頭に来ざるを得ない理由、ご納得いただけただろうか。「S+V」が英文を駆動する、と言い換えてもいいかもしれない。


■修飾の順序も逆
 先ほどの書物から、もうひとつ典型的な例を拾い出してみよう。今度は「修飾の順序」にスポットライトを当てる。出典は、前掲書に収められた並木翠さんの「ロールスロイスと寝袋」というエッセイである。彼女がロンドンの病院で産後の日々を過ごしていた頃に、隣室にヨウ子さんという女性が入院していた。銀色のロールスロイスに乗ってやってきては、寝袋にくるまって廊下で寝ていたのが、夫のジョン・レノンだった、という内容の印象的なエッセイの一部である。

 彼ら、偉大なグループを生んだイギリスの北東部にあるリヴァプールという町は陽のあまり降り注がない暗い寒い港町です。
 Liverpool in the northwest part of England which gave birth to this outstanding group is a dark and chilly port city which does not get very much sun.

 この英訳を、日本語に訳し返すと、またしても言葉の順番が見事に逆転していることに驚くのは、私だけだろうか。今回も、訳し返してお目にかけよう。

 「リヴァプール、英国の北東部にあり、この偉大なグループを生んだ町は、暗い寒い港町で、陽があまり降り注ぎません」

 並木さんの原文と読み比べていただきたい。この例でも、日本語と英語の言葉の並べ方の違いが際立っている。「彼ら、偉大なグループを生んだイギリスの北東部にあるリヴァプールという町」のところは、「リヴァプール、英国の北東部にあり、この偉大なグループを生んだ町」と見事に修飾の順序が逆転している。また、「陽のあまり降り注がない暗い寒い港町」も「暗い寒い港町で、陽があまり降り注ぎません」と修飾語句の順番が逆転している。
 これは重力に従って、いちばん下で待ち受ける「被修飾語」に向かって「修飾語」が連なっていく日本語と、重力に逆らって横に流れていく英語の言葉の連ね方の違いを如実に表した例である。
 英語では、身軽な「形容詞」や「形容詞句」が被修飾語の近くに置かれ、鈍重な「形容詞節」(関係詞で導かれる語句)が最後に回される。

 Liverpool(被修飾語)
 in the northwest part(形容詞句)of England(形容詞句)
 which gave birth to this outstanding group(形容詞節)

 a dark and chilly(形容詞)port city(被修飾語)
 which does not get very much sun(形容詞節)

 これに対し、並木さんの日本語原文では、鈍重な「形容詞節」がむしろ「形容詞句」や「形容詞」の前に来ていまる(ここでの形容詞節や形容詞句という言葉は英文法の用語を日本語に当てはめている。あしからず)。

 偉大なグループを生んだ(形容詞節)
 イギリスの北東部にある(形容詞句)
 リヴァプールという(形容詞句)
 町(被修飾語)

 陽のあまり降り注がない(形容詞節)
 暗い(形容詞)寒い(形容詞)
 港町(被修飾語)

 修飾語句の並べ方が日英で見事に逆転していることが、おわかりになっただろうか。この順序を変えると、もはや日本語として機能しなくなる場合もある。

×「イギリスの北東部にある偉大なグループを生んだリヴァプールという町」

 この語順だと、「イギリスの北東部にある」がすぐ後ろの「偉大なグループ」を修飾しているように聞こえてしまう。つまり、日本語では「偉大なグループを生んだ」のような重い修飾語が軽い修飾語の前に来るケースが多いのに対し、英語では必ず軽い修飾語が重い修飾語の前に来る。そして、決定的な違いは、英語では重い修飾語(形容詞節)は必ず被修飾語の後ろに置かれる、という点である。


(『英語にもっと強くなる本』第10章より)