作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

ストレスフリーの仕事術

■「脱」計画病
 私の仕事のペースを聞くと、たいていの人が疑問に思うのはどうやってスケジュール管理をしているのか、これほどデッドラインに追われてストレスを感じないのか、ということらしい。英語本の執筆をやっている友人は、1冊書くと必ず寝込んでしまうと言う。年間4冊が限界だといつも言っている。
 月1冊のペースで書くということは、ひと月の間に本だけ書けばいいということを意味しない。前月、前々月に書いた原稿のゲラが次々に押し寄せてくる。刊行が迫った本に関しては、タイトルやカバーデザインや宣伝文句などの相談が毎日のように寄せられる。それだけではない。いちばん肝心なのは、新しい本の企画を思いつき、出版社に打診して企画を通していかなくてはならないことだ。将来の企画がなくなったら、あっという間に生活が破綻してしまうからだ。また、本を書くためには膨大なインプットも必要である。1冊書くために40冊読み込まなねばならない時もある。言ってみれば、企画・制作・営業・管理を一手に引き受けているようなものだ。
 だから、スケジュールは複雑をきわめる。私の手帳はさぞ予定で埋まっているだろうと思う人も多いが、私は一切手帳は使っていない。カレンダーにもほとんど書き込みはない。自分でも複雑な予定をどうやってこなしているのか、不思議になる時がある。
 ひとつ言えるのは、デッドラインに追われるような仕事の仕方が好きではないのだ。私は常にデッドラインよりもスタートラインを重視している。
 デッドラインを設けて仕事をこなしていくことを提唱している人もいるが、クリエーターには向かない考え方である。もっと気ままに、しかし、スケジュールを先回りするすばやさで仕事をこなしたい。それが私のスタイルである。そうでなければ、執筆や校正をしながら、別の本の企画をどんどん思いつくような生活はできないと思う。
 締め切りを守らないために出版社にびっくりされることがある。これは、締め切りに遅れるからではなく、締め切りよりも先んじるからである。私はこれまでに、4冊を同時に刊行したことがある。その場合、1冊目は締め切りの4か月前に原稿を渡したことになる。予定していた執筆者が土壇場でダウンしてしまい、1か月早く原稿渡しを依頼されたことも何度かあるが、そのたびに「もうほとんど書けてますから」と応じてきた。これは、デッドラインに追われて仕事をするスタイルとは明らかに違う。

■クリエーター宣言
 世のビジネスパーソンは、いかに予定を組むかに腐心する。しかし、私は予定を組みすぎることには反対である(もちろん職種にもよるが)。なぜなら、予定を組みすぎると、予定したことしかできなくなるからだ。アイディアはいつ浮かんでくるかわからない。予定に追われるような生活では、クリエーターとしてのバイタリティは生まれないと思うのだ。

 予定に縛られる人は、どこか受動的な生活に甘んじている人だと思う。デッドラインとの綱引きを楽しんでいる人すらいる。デッドラインによって仕事をするという人は、デッドラインがない時間を空費していることになる。本来は、予定自体をクリエートしていかなくてはならないのだ。この言い方、わかっていただけるだろうか。
 「この著者とは職種が違いすぎる。参考にならない」と思う方も、考え直してほしい。職種がどうであれ、あなたは気の利いたアイディアを出すことを求められているのだ。だから、あなたは思い切って「クリエーター宣言」をする必要がある。
 西鶴は見物人の目の前で、一昼夜で二万句の俳句を詠んだという。これは実に4秒に1句のスピードである。考える時間すら許されない。普通なら文字にするだけで精一杯である。クリエーターの極致はこのような世界である。あなたにも、いつかこのような「ノンストップの世界」が待っている。そこに行くためには、まず覚悟を決めて「クリエーター宣言」をする必要がある。
 私は毎日近くの公園にネコの散歩に出る。早く帰ろうと紐を引っ張ればネコが抗うので帰りが遅くなる。楽しいはずの散歩が台無しになる。逆にネコの好きなようにさせると、かえって早く帰れるのである。一見のんびり散歩しているように見えるが、実はこれが最速なのである。デッドラインで無駄な緊張を自分に強いるのは、私は好きではない。
 今日の午後すごいことを思いつくかもしれない、明日の朝とんでもない発明が待っているかもしれない。なのに変わり映えのしないスケジュールで自分を縛るとすれば、それは可能性に満ちた人生リスクの放棄を意味すると思う。

(『知的生産のための すごい!仕事術』 第4章より)