作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

言葉の「間接ワザ」を使え!

 人間は面白いもので、ストレートすぎる言葉には素直に反応しないという、やっかいな一面を持っています。そこで、直球ではなく、わずかに変化をつけると、かえって反応してもらえる場合が多いのです。私はこれを言葉の「間接ワザ」と命名しています。もちろん格闘技の「関節ワザ」のもじりです。ひとつ私が体験した卑近な例をお話ししましょう。

 ある時私は、山道で幼稚園児の集団とすれ違いました。細い道だったので、すれ違うのが大変だったのですが、そのとき、先生がとっさに「みんなー、ここはカニさん歩きだよー」と声をかけたのです。すると、子供たちは横向きになって、おまけに両手でチョッキンチョッキンはさみを作りながら歩き出したのでした。このとき、先生が「みんなー、横を向いて、人が通れるようにしなさい」と言ったら、はたして幼稚園児はとっさに反応できたでしょうか。私は先生の機転に感心するとともに、「カニさん歩き」と言われただけで一瞬でカニさんになってしまう子供たちに、いたく感動したのでした。

 人間には、直接の指示に従うのを潔しとしない本性があるようです。プライドが許さない、とも言えますが、ちょっとひねった(ずらした)表現のほうが、知的に解釈する余地(心理的なスペース)ができて、快く動き出すことができるのです。
 たとえば、小学生にゴミを拾わせるときに、「ゴミを拾いなさい!」と言ってもなかなか動きません。ところが、ある先生が「ゴミを10個拾ってごらん!」と呼びかけると、子供たちは嬉々としてゴミ拾いを始めた、というのです。「ゴミを拾いなさい」という直接的な(それでいて抽象的な)表現よりも、「10個拾う」という変化球に子供たちは反応します。「10個」というひねりを入れることで、一瞬でゴミ拾いがゲームと化してしまうわけです。(『AさせたいならBと言え』岩下修著、明治図書刊を参照)
 これと似たことは、スポーツの世界でも、よく起こります。たとえば、イチローに抜かれるまで日本の最多安打記録保持者だった張本勲氏は、若手を指導する際、「打つときに力を入れるな」と言ってもどうしても力んでしまう選手に、「打ったあとに力を入れよ」とアドバイスしたそうです。このひとことで、見事に打つときの力みが消えたというのです。
 本来、打ったあとに力を入れる必要などないのです。ですが、こう示唆することによって、「打つときの力みが消える」という現象が起こる。本来の目的を「付随現象化する」と言えばいいでしょうか。ここにコミュニケーションの奥の深さがあると思います。言葉って本当に面白いですね。