作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

「英語の物語」の豊穣な世界への案内書

「ちくま」1月号に掲載したベルトンさんの新著への紹介文

 人生も半ばを過ぎると、人生の初期にしていたことを反復したくなるようだ。最近、新しい趣味を見つけたが、それは子供の頃に浸っていた世界に通じるものがある。どういう趣味かと言うと、英語の物語を、朗読CDを聞きながら読むというもの。たとえば、R・S・ガネットの『エルマーのぼうけん』(My Father's Dragon)は1時間強で聞くことができる。本を見ながら聞くと、素晴らしい挿絵と朗読者の技量の助けを借りて、この冒険物語を心ゆくまで堪能することができる。この趣味を始めてから、私は子供の頃に読んだ物語の数々を思い出し、原書を購入したり、朗読CDが見つかればそれも合わせて入手している。
 そんな私の新しい趣味に呼応するように、長年の友人である英国人作家クリストファー・ベルトンさんが英語の物語への最上の案内書を書いてくれた。それが『英語は多読が一番!』だ。英語の物語の世界は豊穣な森に譬えることができる。この本の素晴らしさは、実作者であるベルトンさん自身がこの森の住人であり、その芳しい香気をぷんぷんと発散していることだと思う。
 一例をあげよう。数ある英語の物語にも、やさしいものから難しいものまで、いろいろなレベルがある。それを細かく分類して初心者の手ほどきをしている人もいるが、ベルトンさんは大雑把に5つのレベルに分ける。そして、同じパッセージを5つのレベルで書き分けてみせるという名人芸を披露して、このレベルの違いを誰にもわかるように説明してくれているのだ。それによれば、幼児向けの本はレベル1、子供向けの本はレベル2、『ハリー・ポッター』シリーズはレベル3、アガサ・クリスティーはレベル4、スティーヴン・キングはレベル5に分類されるという。この分類からわかるように、「英語の物語」は子供向けの書物だけではなく、大人向けの小説やミステリーやファンタジーも含む。まさに果てのない豊穣な森に譬えることができるのだ。
 この本の最大の特徴は、万人のための入門書でありながら、同時に物語を読み解くための奥義書を兼ねていることだろう。たとえば、同書88~91ページの「said代用語」のリストを見てみよう。英語の物語や小説には、「...と彼は言った」という表現のバリエーションが多出する。「...と彼はささやいた」とか「...と彼は唸った」などの表現である。このバリエーションはざっと百五十種ほどもあるそうだが、著者はそのほとんどを一覧できるように表にまとめてくれている。このリストに目を通しておけば、これから英語の物語を読む際に、いちいち辞書を引かなくても、即座に細かいニュアンスの差を感じ取ることができるようになる。これなどは、誰も明かしてくれなかった奥義のひとつと言えるだろう。
 英米の子供用の本を読んで驚くのは、日本の大学受験に出てくるような表現がこともなげに使われていることだ。では、英米の子供たちは生まれてたった数年のうちに、どうしてこのような高度な知識を身につけてしまうのだろう。この謎を解く鍵は「物語の力」にあるとベルトンさんは力説する。物語の中に出てくる言葉や表現は、参考書や単語集でバラバラに切り離された言葉とは違い、すべて物語の一部であり生きた言葉なのだ。その生きた言葉の息遣いを丸ごと味わうために、私たちも英語の物語の魅力に身を任せればいいと彼は勧める。絵本を読むのもままならなかった初心者が、彼の手ほどきで、たった1年間で大人向けの小説を楽しむことができるようになったという実話も、われわれを勇気づけてくれる。
 いま私は、このベルトンさんの手引書を携えて、もっともっとこの森の奥深くに足を踏み入れようと思っている。この本のおかげで、これからの人生、もう退屈することはなさそうだ。