作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

英会話 ビフォー&アフター

 英会話というのは、キャッチボールのようなもの。相手の捕りやすい球を投げる、受け取ったらまた投げ返す、というのがルールとなります。投げ返すべき球を投げ返さなければ、ゲームはそこでパタリと終わってしまいます。
 日本人の中には、この当たり前の受け答えが苦手な人がいます。緊張のあまり、出るはずの言葉が出ない、のかもしれません。そうなると、会話のキャッチボールは突然中断されてしまい、相手は不愉快な思いをすることになります。
 次に、そんな「トホホ」の会話例をお見せします。J は日本人、E は英語を母国語とする人を表しています。とりあえず、あなたは日本人の役を演じるつもりで、お読みください。

■ケース1■ 「塩を取って」と頼まれて

●BEFORE●
E: Will you pass me the salt?
   (塩を取ってもらえる?)
J: ......Passes the salt.......
     (塩を渡す)
E: Thank you.
   (ありがとう)
J: ......No answer and the conversation ends.......
          (返事がなく、会話が途切れる)
E: (He says nothing. Why? Is he angry?)
   《何も言わないけど、なぜなんだ。機嫌が悪いんだろうか》

 相手から「塩を取って」と言われて、黙って手渡しています。しかも、「ありがとう」というお礼の言葉に、何も反応していません。こんな何気ないやりとりひとつでも、会話のルールが守られていないことで、相手がいらだっているのがわかります。(  )の中は、相手の気持ちを表しています。何も言わないということが、それだけでどんなに深刻な結果をもたらすか、この例でもよくわかると思います。
 では、「リフォーム後」の会話を見てみましょう。

●AFTER●
E: Can you pass me the salt, please?
   (塩を取っていただけますか)
J: Here you are.
   (はい、どうぞ)
E: Thanks.
   (ありがとう) 
J: You're welcome.
   (どういたしまして)

 今度は、塩を取ってあげる動作とともに、Here you are. という決まり文句を添え、相手も Thanks. と気をよくしています。もちろん、Thanks. に対しては、You're welcome. という決まり文句で応じています。この「どういたしまして」は、That's OK. や That's quite all right. または簡単に All right. だけでも十分です。Sure, no problem. などもおすすめです。とにかく何かの信号を出しさえすれば、一件落着なのです。
 日本には沈黙の美徳という考え方があり、行為で示せばわざわざ言葉に出さなくても(言挙げしなくても)気持ちは相手に通じる、という思い込みがあります。しかし、英語圏では、気持ちをいちいち言葉に出して相互確認するのがルールなのです。そのルールを怠ると、突然ゲームを降りたように受け取られ、それこそ気まずい沈黙があとに残ります。
 もう少し深刻な場合を見てみましょう。今度は、道で肩がぶつかった場合です。われわれ日本人は、少々肩が触れたくらいなら振り向きもせず、そのまま通り過ぎてしまいます。しかし、軽く謝りの言葉を発して他意のないことを示し、あとに禍根を残さない、というのが英語圏のルールなのです(これは英語圏に限ることではありませんが、この本では、英語圏での場面、あるいは英語話者とのやりとりを想定して、このように表すことにさせていただきます)。


■ケース2■ ぶつかった相手に

●BEFORE●
E: Oops.
   (おっと)
J: ......Says nothing and goes away.......
       (何も言わずに立ち去る)
E: (Oh, what a rude man he is. I thought he might be a pickpocket.)
   《なんて失礼な人だろう。一瞬ひったくりかと思ったよ》

 実際、わざとぶつかって花瓶を取り落として割り、高額の弁償を迫るという「ぶつかり屋」もいるそうなので、相手の反応が大袈裟なわけではありません。
 海外に出たら、現地の人々の歩く速度に合わせて少し速度をゆるめること、集団で歩く場合は道いっぱいに広がらないこと、なども基本のマナーとなります。
 では、相手の「おっと」にきちんと対応した例を見てみましょう。なお、Oops. は「ウ ープス」と発音されます。

●AFTER●
E: Oops.
   (おっと)
J: Oh, excuse me.
   (あ、すみません)
E: Never mind.
   (大丈夫ですよ)

 この場面について、この会話を書いてくれたリサさんは次のようにコメントしています。
「道を歩いていたり、店の中でぶらぶら見ているときに、うっかり人にぶつかった。このような場面で、日本ではまるで何事もなかったかのように何も言わない人が多いです。でも、このようなことは多くの国ではとても失礼なことです。相手に謝って、申し訳ないことをしたなという気持ちを示す必要があります。そうしないと、そのことがさらに失礼なことになります」
 つまり、ぶつかったことに加え、謝らないことが二重に相手にダメージを与える、というわけです。
 もしも、ひどくぶつかった場合は、ちょっと表現を変えましょう。

E: Oops....
   (おっとっと......)
J: Sorry.
   (ごめんなさい)
E: No problem.
   (大丈夫ですよ)

 Excuse me.(すみません)が、Sorry.(ごめんなさい)に微妙に変化しています。もっとひどくぶつかったら、こんな感じになるでしょう、とリサさんは言っています。

E: Oops....
   (おっとっと......)
J: I'm terribly sorry.
   (申し訳ありません)
E: That's OK.
   (いいですよ)

 今度は、terribly を加えて、謝罪の気持ちを強調しています。どちらのケースでも、謝られた相手は、「大丈夫ですよ」「いいですよ」と気さくに許してくれています。もしもあなたに若干の心の余裕があるなら、こんな心遣いを示せば、もう完璧です。

 Oh, I'm sorry. I didn't see you.
  (あ、ごめんなさい。あなたに気がつかなかったんです)
 I was looking the other way. Are you all right?
  (よそ見をしていたんです。大丈夫ですか)

 こうして、きちんと意思疎通さえできれば、少々の痛みなど吹き飛んでしまうに違いありません。そういえば、日本にも、「袖すり合うも他生の縁」という気の利いたことわざがありましたっけ。
 以前、深夜のテレビ映画で『小さな目撃者』という映画をオリジナル音声と日本語字幕で見たことがあります。その中で、殺人鬼に狙われた娘をホテルの一室に隠し、玄関から出ようとする父親が、こともあろうに殺人鬼とぶつかるシーンがありました。娘の命を狙って乱暴に押し入ってきた相手に対して、一瞬目の合った父親が、皮肉にも Excuse me. と声をかけるのです。ぶつかってきた相手に対してです。日本でなら、「この野郎、気をつけろ!」と毒づくことはあっても、ぶつかられて「ゴメン」と声をかけることは考えられません。このシーンを見た時、私は先ほどご紹介したリサさんのアドバイスを思い出して、ひとり合点したものでした。

【今日の教訓】 会話はキャッチボール。当たり前の受け答えを忘れずに。

                       (『ヘタでも通じる英会話術』PHP新書 第1章に加筆)