作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

忘れられない夜

 いまだに忘れられない夜があります。まだ出版社に勤めていた頃の懐かしい思い出です。
 電車を4つも乗り継いで通う会社から、残業して家に帰り着くのは、いつも深夜でした。その夜も1時頃に家にたどり着き、テレビを見ながらひとりで晩酌して、酔いが覚めてから風呂に火をつけました。
 明日は朝から会議だなあ、などと思いながら風呂をすませ、出ようとした時。
 ガチャッと変な音がして、風呂のドアノブが壊れてしまいました。
 最初は、どうせそのうち家族が気づいて助けてくれるだろうとたかをくくっていたのですが、昼間の育児に疲れた妻は一向に目を覚ましそうにありません。風呂場のドアや壁をドンドンと叩いてみても、2階からは何の反応もありません。勢いをつけて「バン!」と壁を叩いたら、隣家の赤ん坊が目を覚まして、ワンワン泣き始めました。
 この頃から、私は身に起こった悲劇に気づき始めました。季節は、いちばん寒い1月の末。
湯船から出ると、すぐに体が冷えます。湯船につかっていると、どんどん湯が冷めます。そうかと言って、火をつけたまま眠り込んだら危ない。この寒夜をどうしたら無事に生き延びることができるか、私は真剣に考え始めました。
 結局、私がとった方法はこうでした。火をつける時は絶対に湯船から出ていよう。湯が暖まったら火を消して、湯船につかって体を温めよう。そして、湯が冷めたら、また外に出て火をつけよう。
 これを何回繰り返した頃でしょう。眠気に負けて危なく湯船に沈みかけた時に、間一髪のところで2階から妻が降りてくる音がしました。
 無事に救出されて床に入った時には、もう夜が白んでいました。翌朝、自分が主催している会議に15分遅れで入った私は、バツの悪さも手伝ってきっと顔面蒼白だったと思います。
 忘れられない冬の夜の思い出です。
 あなたもこれに似た体験はありませんか。