作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

リバウンドのない英単語学習

 英単語の学習は、ダイエットに似ているかもしれません。
「やせたつもり」なのに、ちっとも体重が減らないダイエット。
「覚えたつもり」なのに、覚える端から忘れてしまう英単語。
 ちなみに、覚えたつもりの英単語を端から忘れることを、単語学習の"リバウンド現象"と呼びます。
                                     *
 こんなことがありました。
 私は9年前に会社をやめ、物書きになりましたが、会社で最後にやっていたのが、英単語の「速習ソフト」の開発と、そのソフトを使った「英単語速習講座」の主催という仕事でした。大学受験に必要な1000単語をたった2日で覚えきるという夢のような講座は超人気で、私は文字通り日本各地を全日空で飛び回っていました。
 ある時、この速習講座に、単語力には自信満々の受験生がやってきました。彼いわく、「1900語の単語集を何回もやりました。英単語にはいささか自信があります!」
 そこで、さっそく私のソフトを使って、彼の「歩留まり単語数」を検査してみると、なんと300語しか頭に入っていません。こうして、彼の努力の8割は無駄だったことが、あっけなく判明してしまいました。1900語の単語集を相手に、気が遠くなるような時間をかけて、彼はいったい何をやっていたのでしょう。「覚えたはず」だった残りの1600単語は、いったいどこに消えてしまったのでしょう。

 この《覚えたつもり症候群》をなくすには、すばやく何度も反復して、記憶をどんどん強化するしかありません。そのためには、まず、すばやく覚える必要があります。
 逆に、途方もない時間とエネルギーをかけて倦まず弛まず覚え続け、努力と忍耐でチェックを繰り返す人がいます。これは、先天的に勉強が好きな人に多いタイプです(残業を繰り返して成果を上げない会社員に、ちょっと似ています)。でも、時間をかければかけるほど、「覚えたはず」の単語は記憶のかなたに去っていくのです。ちょうどこんな感じです。「たしかこの単語は2年前に1度覚えて、惜しくも去年忘れた単語だぞ!」。そんなことばかり覚えてどうするんですか。
 というわけで、覚える作業はできるだけ短時間で上げてしまいましょう。さらに、「すかさずチェック」を繰り返して、決して忘れるヒマを与えてはなりません。これが唯一の正しい単語学習法、すなわち、「リバウンドのない単語学習法」です。
                                     *
 私は10年前に書いたベストセラー『英単語速習術』の中で、「丸暗記」に好意的な発言をしました。なぜなら、そもそも学習の基礎は「記憶」であり、効率的に記憶することを「丸暗記」と呼ぶなら、「丸暗記」が悪いわけはないからです。
 ただし、ひとつだけ条件があります。
「頭ごなしに無理やり詰め込む」という無粋なやり方には、私は反対です。
「わかっていないこと」を無理やり詰め込むのは苦痛です。また、たとえ覚えたとしても、「わかっていないこと」はすぐにまた忘れてしまいます。基礎のしっかりしていない工事のようなものです。こうして、「覚えては忘れ...」の無限ループに陥ってしまうのです。忘れるための学習ほど空しいものはありません。
 だから、

   覚えるためには、まず「わかる」必要がある!

 これが、私の主張点です。
 それでは、「わかる」とはどういうことでしょう。盤石な基礎工事は、いかにして可能なのでしょう。
 くだくだ説明するのも面倒なので、ここで、ひとつ「わかる」の実演をしてみましょう。突然ですが、次の問題を解いてください。

【問題】 次にお見せする5つの新聞の中で、イギリスで発行されている新聞がひとつだけあります。それは、どれでしょう。

 あなたは突然こんな問題を出されて面食らっているに違いありません。でも大丈夫。必ずわかります。理由はあとで説明します。では、さっそく5つの新聞名を見てください。

 ①The New York Times
 ②Chicago Tribune
 ③The San Francisco Chronicle
 ④The Guardian
 ⑤The Seattle Times

 どうですか。もう「おわかり」でしょう。そう、正解は④のThe Guardianです。④以外はすべてアメリカの都市名が付いているではありませんか。
 おそらく、The Guardianがイギリスの日刊紙であることをご存知だった方は多くはないと思います。しかし、そのような方も、消去法によって正解を割り出せたのではないでしょうか。つまり、「知らない」ことを「わかる」ことができたのです。
 これからの一生で、あなたはThe Guardianがどこの新聞か尋ねられたら、すかさず正しい答えが言えると思います。あなたは「わかる」という体験を通じて、これまで知らなかったことを「覚えた」のです。
 もう一度繰り返します。覚えるためには「わかる」必要がある。これが、私の主張点です。わからないことを無理やり詰め込もうとしても、覚えることはできません。
 しかし、「わかって覚えたこと」は「知識」になります。早い話、あなたはThe Guardianがイギリスの新聞だということを、すでに知ってしまいました。何の苦もなく。                                                        
                           *
 世の中には、相変わらず大量の単語を並べただけの単語集が横行しています。でも、どうやって大量の単語を覚えるのでしょう。肝心なその方法論が明示されている単語集は、めったにありません。これでは、料理名を1000も2000も並べたメニューと変わりません。取り付く島がないとは、このことです。単語集が次々と出ては売れるのは、実は誰も単語を覚えられていない証拠のような気がします。
 話は変わりますが、私はカーペンターズの I Need To Be In Love という歌の中に出てくる、
I know I've wasted too much time. という歌詞が好きです(ご存じない方は、ぜひお聴きください)。この歌詞のように、これまであまりに多くの時間を浪費してきたことに気づいたら、生き方を変えるしかありません。それと同様、学習の無限ループに気づいたら、今度こそ真に効率のよい学習法に切り替えようではありませんか。

( 『最速英単語』 2008年 青春出版社刊 「プロローグ」より)