作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

人生でいちばん驚いた出来事

 1年ほど前に、私の人生でいちばん驚いた出来事が起こりました。どんな出来事だったかと言うと......。
 わが家の隣に小さな公園があり、その公園に週末になると遊びに来る外国人の親子がいます。私は、ずっと彼らがどこの国の人か気になっていました。
 昨年の1月21日のこと、私がいつも通りネコの散歩に出ると、公園で彼らと一緒になりました。すると、二歳くらいの女の子がネコを指差して「カッツェ!」と叫んだのです。それで、この親子がドイツ人であることがわかりました。子供たちの後をついてきたお父さんに、私は「ドイツから来られたのですか?」と日本語で話しかけてみました。すると、彼は流暢な日本語で、「私のお母さんはドイツ人で、お父さんは日本人です」と答えました。そのあと、私たちの会話はこんなふうに続きました。
「ドイツと言えば、うちの息子がちょうど今ドイツに留学しているんですよ」と私。
「そうですか。ドイツのどちらですか?」とクリストフさん。
「ブレーメンです」
「何の勉強に行っているんですか?」
「声楽の勉強です」
「声楽ですか。ブレーメンには、クラウス・オッカーという有名な先生がいます!」
「...............」
 私は、ま、まさか家の前の公園で、いつも見かける「外国人」から、クラウス・オッカー先生の名前を聞くとは夢にも思ってもいなかったので、鳥肌が立つほど驚きました。なぜなら、息子をドイツに呼び寄せ、毎日のようにドイツ語と声楽の集中レッスンをしてくれているのが、他ならぬオッカー先生だったからです。そのことを話すと、彼も驚嘆し、「実は、私の妹もオッカー先生に声楽を習ったんですよ」と答えるではありませんか。
 聞けば、彼の一家は十年来オッカー先生とたいへん懇意で、今も頻繁にメールのやりとりをしているということでした。なんでも、オッカー先生が名古屋の音大の客員教授として日本に滞在していた時に、能楽堂で偶然近くの席に座ったのが縁で知り合ったとか。なんと世の中は狭いのでしょう。
 さっそくその夜、私はオッカー先生にメールを打ち、目の前の公園でクリストフさんと出会った顛末を書きました。これを読んだ時、オッカー先生は、戦後のどさくさで生き別れになった弟と偶然ベルリンで出会った時のことを思い出したそうです。
 というわけで、「あなたの人生でいちばん驚いた出来事は何ですか」と聞かれたら、私は迷いなくこの公園での出会いをあげるでしょう。
 その後、私の家族とクリストフさん一家はとても懇意になりました。彼は上智大学でドイツ語を教えているそうです。いつか彼と共著で本を出し、オッカー先生にお送りできるといいのですが。