作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

オバマ的英単語(29)ノーベル平和賞受賞演説から 【最終回】


■■■standard■■■  standardは「使用基準・判断基準」

この基準を守ろうとする者は力を強め、守ろうとしないものは孤立し力を失うことになる。
Adhering to standards strengthens those who do, and isolates and weakens those who don't.

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武力行使に対する「立ち位置」

 前項でも登場したstandardsは、「時には必要な武力行使」の、いわば「世界共通の使用基準・判断基準」(=グローバル・スタンダード)である。standardのもとの意味は「立っている(stand)場所」で、それはまさに武力行使に対する「立ち位置を明確にする」ことに他ならない。
 そしてこの基準を守る者はメリットを得、破る者は仲間から外されてデメリットを受けなければならない。それが、核廃絶宣言でオバマが言った「言葉はちゃんとした意味を持たなければならない(Words must mean something.)」の具体的なかたちなのだ。
 「アメリカにそんなことを言う資格があるのか」と問う向きもあるだろう。「二重基準」(=ダブル・スタンダード)などあっては困る。もちろんオバマは、ブッシュ時代に定着した「専横的なアメリカ」というイメージを意識している。だから「ほかのどこよりもアメリカがこの基準を守らなければ、いかに正当性を主張しても、独断的だと言われる」と付け加えることを忘れなかったのである。


■■■peace■■■  peaceは「誰もが望むもの、しかし実現できるのはまれなもの」

平和の実現には責任が必要なのです。平和の実現には犠牲を伴うのです。
Peace requires responsibility. Peace entails sacrifice.

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ケネディの遺志を受け継いで

 左ページの言葉は、「私は戦争がなぜいやがられるのかを知っている。しかし同時に、平和を望む信念だけでは、平和を実現することができないことも知っている」に続くものである。ノーベル平和賞受賞演説の冒頭で、なぜ異例にも武力行使の限定的な必要性を説いたのか、その切実な答えがここにある。
 先にも紹介した1963年の演説「平和のための戦略」で、ケネディは「夢や希望の価値を唯一の目標にするなら、失望と不信感を招くだけだ」と述べた。同じ年の10月(暗殺の前月)には国連総会で「平和の構築(Building the Peace)」と題する演説をおこない、「正当性と永続性のある平和(just and lasting peace)」を説いた。オバマもこの演説の中で「正当性と永続性のある平和の構築のための三つの方法」について述べている。
 オバマは「非暴力」を信奉しながら、目の前に戦争があるという現実の中でいかに平和を「実現」するかを考える際には、ケネディの思想(いわば遺言)から多くを採り入れている。


■■■promotion■■■  promotionで平和を語った先人がいた

人権を促進するには、言葉で熱心に説くだけではだめなのです。
The promotion of human rights cannot be about exhortation alone.

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さらにノーベルの遺志を心に秘めて

 オバマは「正当性と永続性のある平和の構築のための三つの方法」として、第一に「核兵器の拡散防止」、第二に「平和の実現にあたって人権の保護を含むこと」を説いた。そして第三に挙げられたのが左ページの言葉である。
 promotionはビジネスの現場ではなじみの言葉だが、人権や平和への熱い思い語る際にはふつう思いつかない。しかし実は、ノーベル自身が次のような言葉を残している。「私の死後、私は平和的なアイデアの促進(for the promotion of the peace idea)のために大きな資金を残すつもりだ。その結果については疑問だが」。オバマが、この予見の正しさ、深さを意識したとしても不思議はない。ノーベルの遺志に、これほど真摯に向き合ったノーベル平和賞受賞演説はなかったと言ってもいいくらいだ。
 先のノーベルの言葉には続きがある。「学識者はすぐれた書物を著し、栄誉を受けるだろう。しかし、戦争は環境の力がそれを不可能にするまで、これまで通り続くだろう」。恐ろしいほどの予見力である。