作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

私が英語で学んだこと

 私がまだ会社に勤めていた頃、同僚が若い米国人夫婦のステイを受け入れた。赤ちゃん連れの魅力的な夫婦だったが、夜中に突然騒ぎ出した。「ペーンパスはないか。日本にはペーン パスはないのか」と、すごい剣幕で訴える。
 同僚は理科の編集者で、英語はまったくダメ。それでもステイを受け入れたのは、大冒険だった。結局「ペーンパス」の正体がわからぬまま、ステイ夫婦は無念の帰国をした。 後年、私の友人は痛恨の表情で語っていた。
「あれ、パンパースのことだったんだねぇ。あの夫婦に悪いことしちゃったな。でも、どう考えても、ペーンパスとしか、聞こえなかったもんなぁ」
 このことから私は、どんなになじみの言葉でも、アメリカ人に発音されてわからないことがある、ということを学んだ。

 これも会社時代の思い出だ。私が作った『英単語ソフト』に、アメリカ人の発音で音声を入れることになった。頼んだ相手は、ボストンの名家の娘さんで、典雅な発音の持ち主だった。
 しかし、録音を始めてから、たいへんなことに気がついた。彼女の東部発音は、教材の発音記号と合わないのだ。彼女の典雅な英語発音は、米語よりイギリス英語に近かった。今さら、人を変えることもできない。私は1単語ずつ、彼女に"米語らしい発音"を指導しながら、この録音を乗り切った。
 この経験から私は、時には、日本人がアメリカ人に発音を教えることだってあるのだ、ということを学んだ。

 今度は、会社をやめて、本を書くようになってからの話だ。
 やはり録音のため、ELECのスタジオを借りた。録音は、日本人のナレーターと、米国人の男性とカナダ人の女性の3人組だった。
 途中まで快調に進んだが、たいへんなことに気がついた。米国人とカナダ人の発音が単語によって食い違ってしまうのだ。例えば、米国人はeconomyを「イカナミー」と発音するが、カナダ人のほうは「エコノミー」と発音する。civilizationは「スィヴィリゼイシュン」と「スィヴィライゼイシュン」という具合である。
 この体験から私は、英語の発音は一通りではないことを学んだ。

 次は、国際的な経済雑誌のデスクをしていた時のこと。
 若いアメリカ人のカメラマンの執拗な売り込みを受けた。私たちがよく使っているカメラマンの親友という触れ込みだったが、どうも怪しかった。インドネシアの熱帯雨林と祭りの取材をさせてくれ、と言って一歩も譲らない。理不尽な売り込みだったが、なんとも頑固な青年だった。
「飛行機の切符も買ってある。あなたたちは取材費を払うだけでよい」と強硬である。
 いくら話し合っても埒が明かないので、最後に私は、試しにこう言ってみた。
「飛行機の切符があるかないかが問題なのではない。問題は、誰がその切符を持っているかだ」と。
 このひとことは、魔法のように効いた。この言葉を聞くなり、米国青年はすべての抵抗を断念して、黙って帰っていった。
 この時に私は、アメリカ人を説得するには特別のコツがあることを知った。相手が日本人のカメラマンだったら、こんなキザな台詞は決して吐かなかっただろう。

 英語で話をすると、自分の話し方、考え方が変わってしまうことがある。いつもは日本語モードで考えているが、英語モードで考えざるをえなくなるからだ。
 次のエピソードは、ずっと若い頃の話だ。
 大学受験をすませた私は、発表までの1週間を利用して、奈良に旅行した。こんなに長い単身旅行は初めてだった。大学に受かっているかどうかはわからない。しかし、たとえ落ちているとしても、この1週間だけは、何をしていてもいい時間、いわば人生のエアポケットみたいな時間だった。

 旅先で、若いインド人の軍人と知り合った。かなりいい家柄の出らしく、たいへん言葉使いも丁寧だった。私たちは、一緒に斑鳩を歩くことにした。寂光院の近くの店で抹茶を勧めると、彼は突然、とても変な味だ、と言い出した。あの緑色の粉はケミカル・パウダーに違いない、と言ってさかんに怪しんだ。
 この頃から、私たちの会話がうまくいかなくなってきた。私が、「自分は学生だからお金がない。だから粗末な宿に泊まるのだ」と言うと、彼は冷たい目で反論しだした。
「お金がないなら、そもそも旅行などできないはずだ。君はうそつきだ」と。
 おそらくこのインド人は、私が不用意に使った「ノーマネー」という言葉に、敏感に反応してしまったのだろう。
 この時の経験から私は、英語という言語は、とても論理にうるさいのだということを学んだ。「お金がないけど旅行している」と言った私は、そのたったひとことで、うそつき少年のレッテルを貼られてしまったのである。
 今では、私はこの時の奈良旅行も、奈良で出会ったナラングというインド人の青年軍人のことも、とてもなつかしく思う。斑鳩の旅はどんどん「ほろ苦」になってしまったが、この1日は、英語について重大なことに気づかせてもくれたのである。
 以来、私は英語を話す時は、まず英語モードで考える必要があるということを肝に銘じている。ナラングのおかげだ。

 昨年、帯広に旅をした。 
 ある日、レストランのテーブルで食事をしていると、カナダ人の紳士が同席した。
 こんな時は、どんな話をすれば相手の関心を引くことができるのかな、と私は考えた。 聞いてみると、彼はバンクーバーに住む遺伝学の教授で、釧路大学に一時的に研究に来ているとのことだった。
 私は釧路と聞いて、恰好な話題を思いついた。
「あなたは100年以上昔、明治時代の初めに、釧路に英語の女学校があったことを知っていますか?」
「いや、初耳だ!」
「私は東京に住み、英語の本を書いている者ですが、実は曾祖父は釧路の病院長だったのです」
「本当か。それは奇遇だ!」
「そして、彼の娘たちは、その英語学校で、イギリス人の先生から英語で授業を受けていたのです。つまり、私の祖母は、大昔に釧路の女学校で英語を学んでいたのです。ミス・ペインという先生のことをあなたは知りませんか?」
「いや、知らない。でも、すごく面白い話だ!」
 と、このあたりまで話が進んだところで、私の友人が私を迎えに来た。
「それでは、私は行かなくては...」と言い、私は彼と名刺の交換だけして別れた。
 東京に帰ってすぐ、マルコム教授からメールが届いた。
「私はあの時の話の続きを聞きたくて、いても立ってもいられない。なんであの時、人が来てしまって会話をやめなければならなかったのか、残念でならない。ミス・ペインのことで何かわかることがあったら、お願いだから教えてくれ。私はこういうことを調べるのが、何よりも好きなんだ」
 私が手持ちの資料をかき集めてマルコム教授に送ったのは、言うまでもない。

 外国人と仲良くなる秘訣は、英語のうまいへたではない。彼/彼女が興味を持つ話題をもっていれば、必ず相手は食いついてくる。それが、自分しか知らない話題だったら申し分ない。彼/彼女は、万難を排してコンタクトをとってくるだろう。ちょうどマルコム教授がしたように。
 英語の学習を目的化してはならない。英語はコミュニケーションのための手段にすぎないのだ。英語を話す前に、英語で「何を」話すのか考えるのが先決である。
 そして、英語を話すときは、日本語モードではなく、なるべく英語モードで考えるようにしよう。つまらない誤解から、「うそつき少年」呼ばわりされたりしたら、かなわないではないか。
 発音のうまいへたは、過度に気にすることはない。「へただ」と言われる発音が、実はイギリスでは通用する場合だってある。アメリカ中部の英語が正しい英語だなんて、いったい誰が決めたんだ。
 これらのことを、私は人生の中で出会った多くの「ガイジン」から、少しずつ学んで、今日に至っている。そして、今は英語の本を書きながら、ますます深みにはまっていく自分を感じている。英語が好きなのかどうか、自分でもわからない。まして、英語がうまいなんて思ったこともない。でも、もう少し勉強してみよう。英語を知っていると、いろいろ面白い体験ができるからだ。

(『英単語1500"発音するだけ"超速暗記術』 2002年 角川書店刊 あとがきより)