作家・英語教育研究家 晴山陽一オフィシャルサイト

ネイティブの子供は1万5000語も知っている!

■子供は2時間に1単語覚え続ける
 米国の言語学者スティーブン・ピンカーの名著『言語を生みだす本能』の中に、次のような注目すべき記述があります(注1)。

――生後18カ月前後で言語は離陸する。語彙が「新しい単語を2時間に1つ」の割で増えていくようになり、以後、高校を卒業するころまでこのペースが維持される。――

 1歳半から18歳まで2時間に1単語のペースで覚えていくと、いったいどれくらいの数になるのでしょう。言葉を覚える時間を仮に1日のうち10時間として、ちょっと計算してみましょう。

 

 すると、1日に覚える単語は5単語。1年を365日で計算すると、1年で1825単語になります。これを1歳半から18歳まで16.5年間続けたとすると、ほぼ3万単語という膨大な数になります。
 これだけでも驚くべき数字ですが、さらに私が注目したのは、10歳(小学校4~5年)の子供がどれくらいの語彙を獲得しているかを計算した結果です。それは、1万5000語という信じられない数字なのです。

■1万5000語はダテじゃない!
 1万5000語というのが、いかに大きな数であるかは、次の数字と比較していただけば納得されると思います。
 語学専門出版社アルクが、「標準語彙水準12000」という語彙リストを公表しています。これは、日本の英語学習者にとって有用と思われる英語語彙を1万2000語集めて、12のレベルに区分したものです。それによると、大学受験に必要なのは5000語、検定試験の受検に必要なのは6000語、さらにTOEICで高得点をマークするには9000語が必要であると分析されています。
 語数だけを比較すれば、10歳のネイティブの子供が、この9000語をはるかに越えるキャブラリーを身に付けている!というのは、驚きではないでしょうか。もちろん、子供が知っている語彙と、TOEICに出題される語彙はパラレルではありません。しかし、かなりの部分は重なるのではないか、と私は予想しています。その根拠をお話ししましょう。

■Junior Dictionaryでの発見
 かつて、私はオックスフォードの子供用の辞書『Junior Dictionary』 を通読したことがあります。この辞書は、「7歳以上の児童用」に作られ、6000語がエントリーされています。「小学校低学年用の辞書なら難しい単語は出てこないはず」と思いつつも、「それでは6000語という収録語数はどんな単語で構成されているのだろうか?」というのが、私の素朴な疑問でした。
 ひとつの分析手法として、私はこの辞書に収録されている動詞を、最初から順番に書き出してみました(全部で1200語強になりました)。すると......

  abandon, abolish, abuse, accept, accompany, accuse, achieve......

 驚くなかれ、そこに現れた動詞リストは、バリバリの「大学受験必須単語」と寸分違わないそうそうたるリストだったのです。(注2)
この時に、子供用の辞書と言っても、語彙数が少ないだけで、扱われている単語は大人の辞書と少しも変わりがないことを私は痛感しました。
 早い話、日本の大学受験生は『Junior Dictionary』で単語を覚えてもいいのです。

■ネイティブの親は幼児語を話さない!
 話は変わりますが、日本では、赤ん坊や幼児に話しかけるときに、大人も幼児語を用います。ついでに言えば、時に(人称のおかしい)幼児文法を使います。こんなふうに。

「はいはい、じょうず!」(赤ちゃんに)
「おぽんぽ、いたいいたいね!」」(幼児に)
「ぼく、いくつかな?」(幼稚園児に)

 このように、大人が幼児語を話す風習は、英語ネイティブにはありません。原則として、大人は大人の英語しか話さないのです。そもそも、「ぼく、いくつかな?」を How old am I? として、通じるわけないですよね(笑)。
 むしろ、大人は大人の言葉を話すことによって、文法的に正しい話し方を子供に積極的に示す傾向があります。
 たとえば、子供が"bird, bird!"と叫んだとします。日本だったら「そうね、ちゅんちゅんね!」とでも言うところを、アメリカ人の母親なら、"Yes, look at the bird! He's up in the sky!"あるいは、"Yes, look at the bird! He's flying!"のように「完全文」で言い直します。( 注3)
 このように、アメリカの子供は、生まれた瞬間から大人の英語を聞いて育つのです。もちろん、birdyとかhorseyのような幼児語がないではありませんが、少なくとも「子供用辞典」では、そのような言葉は完全に淘汰されています。そして、選ばれた6000語は、大人が使う単語と寸分違わない、というわけなのです。これが、子供用辞書に「大学受験単語」が並んだ理由です。
 とすれば......

■単語に子供用も大人用もない!
 10歳の子供が獲得する1万5000語は、もはや「子供用の語彙」などではないはず。
 私は、今度はその証拠を探すことにしました。そして、見つけたのが、アメリカのSCHOLASTICという出版社から刊行されている、子供用のスペリング辞典(Dictionary of Spelling)でした。( 注4)
 この本の対象年齢は9歳から12歳。つまり、小学校の中学年から高学年です。そして、エントリーされているのは、1万6000語強。つまり、「10歳で1万5000語」という冒頭の計算結果を見事に実証する数字だったのです。
 もちろん、すべての児童がこれだけの語彙を獲得しているとは限りません。個人差は相当あるはずです。たとえば、言語発達の専門書には、「1歳頃に初語を獲得してから就学前期までに、およそ3000語から10000万語もの語彙を獲得するとされている」と記されています。(注5)
 この記述から、6~7歳で、早い児童はすでに10000語を獲得していることがわかります。これまた、ピンカーの算法にぴったり当てはまります。
 というわけで、「ネイティブの子供は、10歳ともなると1万5000語くらいは知っている」というのは、あながち大袈裟な話でもないのです。

注1 『言語を生み出す本能』(椋田直子訳、NHKブックス、下巻61ページ参照)
注2 『英語は動詞で生きている』(晴山陽一著、集英社新書、189ページ以下参照)
注3 『アメリカの子供はどう英語を覚えるか』(シグリット・H・塩谷著、はまの出版、41ページ参照)
注4 Dictionary of Spelling(Marvin Terban著、SCHOLASTIC刊)
注5 『ことばの発達入門』(秦野悦子著、大修館書店、73ページ参照)

(『ネイティブの小学生なら誰でも知っている英単語10000語チェックブック』 2007年 ダイヤモンド社刊 はしがきより)